5.Stanthorpe

期せずしてレストランスタッフに。え、大陸の真反対から自転車で?!

リンダとの日課、朝の散歩で見つけた風景。
リンダとの日課、朝の散歩で見つけた風景。

 

クリスタルウォーターズまで行動をともにしていた友人と別れ、またひとりになってごとごとバスに揺られながら次に向かったのは、温暖なクイーンズランド州の中で最も寒い場所と言われるスタンソープ。

 

ここはファームの街として有名らしいのだが、時期は冬へと向かう4月末、つまりちょうどシーズンが終わった頃だった。普通のファーム・ジョブはなかなか見つけにくい時期である。

 

私がこの地にステイすることになったのは土地に興味があったからというわけではなかった。いくつかのホストにメールを送り、たまたま予定が合わなかった受け手のホストが、彼らの友達である他のホストにメールを転送してくれ、その転送先で受け入れてもらえることになった、という単純な理由。

 

州の中で一番寒い、と聞いてはいたが、来てみたら確かに寒い。同じ州内で、数日前まで汗でTシャツをびっしょり濡らして草取りしていたのが信じられないほどだ。半袖から、一気に長袖を超えて冬用ダウンを着込む。

 

一年中温暖なクイーンズランド州だが、ここスタンソープには四季がある。私が訪れたのは秋から冬へ向かう頃。久しぶりに見る赤や黄の紅葉に、日本の四季の美しさを思う。

 

到着するとまず先輩WWOOFerの台湾女子が、エスプレッソマシーンでささっと手際よく、美味しいカフェラテを入れてくれた。久しぶりに嗅ぐインスタントじゃないコーヒーの芳醇な香りと、温かでまろやかなスチームミルクに、体が大喜びする。

 

よくカフェで見る、あの機械。聞けば好きなときに自分で入れ放題、飲み放題なのだという。カフェクオリティがいつでも自由に飲めるなんて…す、すばらしすぎる。

 

もともとバリスタだというその台湾女子は、私と入れ代わりに翌日出発してしまうというので、さっそくコーヒーの入れ方を教えてもらう。

 

学生のときからカフェでのアルバイトに憧れつつ、結局やったことのなかった私は、マシンで「ギュゴゴー!」と、あのふわふわもっちりになるスチームミルクを作りながら、こんな願望まで期せずして叶えられちゃって、やっぱWWOOFってすごいかも、としみじみ。

 

休みの日に作ったビスコッティを添えて。
休みの日に作ったビスコッティを添えて。

 

ここでのWWOOF生活は、今までとはちょっと違う。まず、ホストは週末や祝日だけオープンする小さなジャーマン・レストランを経営している。なぜジャーマンかといえば、ホストマザーのクラウディアがドイツ人だからだ。

 

メインの料理は、ジャーマン・ソーセージとか、チキン・シュニッツェル(肉を薄く伸ばし、日本のカツみたいにパン粉つけて揚げ焼きしたもの)など。数年前までは自分たちでワイナリーもやっていたそうだが、今は地元のワイナリーから仕入れたワインを提供している。

 

ということで、私たちWWOOFerのメインの仕事は、庭でも倉庫でもなく、「レストランのキッチン」でのものだった。平日は掃除や料理の試作、週末に向けた買い出しや、ソースやデザートなどの準備。週末はユニフォームも着て完全レストランスタッフとなり、キッチンでのヘルプやお客さんへの料理のサーブ、後片付けなどすべてを行う。

 

ちなみに料理の食べ残しや野菜の皮なんかは、これまた広々とした敷地を自由に行き来しているヤギとアルパカに与える。これも仕事といえば仕事である。私たちがバケツから餌を散らすとすぐに駆け寄ってくるヤギ。そんなヤギを横目で見ながら、空を仰ぎ、落ち着き払っているアルパカ。誇り高き孤高のアルパカ。

 

さて、この地における私のパートナーは、私より1週間ほど前に到着した韓国女子、リンダ。リンダと私は同い年で、結局、約1ヵ月を共に暮らし、働き、いろんな話をして、なんだかとても近い存在になった。スタンソープのことを語ろうとすると、リンダなしには語れない。

 

周りにはなぁんにもない所だけれど、毎朝ちょっと早起きしてふたりで朝の散歩をした。

 

日中はキッチンでずっと一緒に働いていたし、休みの日も、スコーンやらクッキーやらケーキやら、自由に使える材料で作っては食べ、作っては食べ、太る太る、とふたりで苦笑しながら、また歩き…。

 

庭に渋柿の木があり、たくさんの柿がなっていたのにクラウディアは「ひどい味」だと言うので、アジア魂を発揮して、ふたりで原始的な干し柿作りにチャレンジしたりもした。

 

 

レストランというシチュエーションだからか、私たちはいつも食べ物のことばかり考えていたような気がする。英語を介して韓国語と日本語をそれぞれ教え合うというのはよくある話かもしれないが、私たちの場合は中でも「○○食べたい」とか「めっちゃお腹いっぱい。でもまだケーキ食べたい」とか「朝ごはん、何食べたい?」とか、食欲に関する韓国語と日本語だけが互いに発達したのだった(笑)。

 

そういった楽しい思い出もさることながら、私は働いている時間にも、彼女にたくさんのことを学んだ。

 

キッチンでは、常に先を読んで動かなければならない。自分の担当が「パン」とか「ポテト」とか決まっていてそれだけを管理するなら簡単だが、そういうことではない。

 

たとえば、“今日は何組のお客さんが予約しているから、当日客も含めて付け合わせのポテトの下ごしらえがだいたいX個分必要だけど、昨日準備した分がY個あって、足りないのはZ個分だからそれを準備しよう、そうだ昨日焼いたパンもそろそろなくなるから新しいのを焼いておかなければ、そのパン生地にはハーブが必要だから庭からとってこよう、あ、庭に出るならデザート用のミントと盛り付け用のパセリも同時にとってこよう、それから…”

 

と、ありとあらゆるメニューや材料を脳裏に浮かべて、パパパッと優先順位を決めて必要な準備を始められる能力。3年弱とはいえ東京でがしがし働いていたわけだが、オフィスで数週間先、何ヵ月先の話をしながら綿密に計画を練っていくのとは、感覚的にはまったく異なると感じる。

 

もっと実際的で、生きる、に結びついている力。オフィスでの「仕事ができる」とはイコールじゃない。それは、飲食店でのアルバイト経験がある人にはもしかしたら当然なのかもしれないが、私にはあまりなじみのない経験だった。

 

といっても、自分も指示待ち人間というわけではないはずだった。だが、リンダは常に私よりもう1歩先、言うなれば常に2歩先を読んで動いていて、私は後からそれに気づいて感心したり驚いたり自分が情けなくなったり、いろいろしたのだ。

 

それでいて、4人姉妹で培われた背景もあるのか、彼女はいつも自分より他人を優先していた。「人の気持ちを色々気にしすぎなんだよね」と彼女自身も自覚していて、悩みとして口にしていたりもしたけれど。

 

常に人の気持ちを思いやれて、素直で、先を見て動けて。人として私が尊敬するのは、ビジネス社会でどんな優れた業績をあげる人よりも、こういう人間力を持つ人だな、と改めて感じさせられたのだった。

 

リンダと一緒に、ケーキを焼いて、本格的なカフェラテを入れて、お客さんが入れば忙しく働いて…。

 

キッチンで働いているときはビシビシと指導してくれるクラウディアだけど、夜遅くまで働いた週末明けはホリデーをくれて、私たちを他のレストランやカフェに連れて行ってくれたりした。

 

 

そんな毎日を過ごして、3週間以上が経っていた。秋は深まり、つんと冷える空気はいつの間にか冬のものになっていた。

そろそろ、違う州に行ってみようかな…、と私は考え始めていた。頭の中には、ひとつの地名があった。ダーウィン。大陸の北、赤道近くのトロピカルエリアだ。なぜダーウィンかは後で書くことにする。ともかく私は、ダーウィンに行くことを決めた。いつものように次のWWOOF先を探し、受け入れてくれるホストを見つけて、ダーウィン行きの日取りを決めた。冬から、常夏へ。

 

大移動に胸を高鳴らせつつ、その日取りまで日常を過ごして、ここでの生活が1ヵ月を過ぎようとしていた頃だった。

 

ある日、クラウディアとリンダ、私が車に乗って移動していると、道路の左隅に座り込んで、自転車を修理しているようなアジア人男性らしき人影が見えた。一度は通り過ぎたのだが、クラウディアの提案でUターンして引き返し、反対車線から“Do you need any help!?“と声をかけると、“Yes!!!”との即返事。

 

車輪が届き、再出発の朝に。
車輪が届き、再出発の朝に。

 

側へ言って話を聞けば、彼は日本人で、ミキオさんと言った。ミキオさんはなんと大陸の真反対、パースから自転車で旅を続けながら、ここまで来たのだという。自転車で大陸を一周する人も多いと聞くけれど、都市でもないローカルなところで自分が遭遇する、しかも日本人となるとなんだか不思議な縁。

 

車輪自体を交換しなければならないということで、ミキオさんと自転車を車に乗せ、スタンソープの街へ。クラウディアが手伝いつつ、それらしき店のスタッフに聞いてみるも、隣町まで行かないとないと思うよ、との返事。

 

世話好きのクラウディアの「明後日、隣町まで連れて行ってあげるから、とりあえず今日はうちにいらっしゃい!」というひと声で、ミキオ氏も数日間、ヘルパーとして共にステイすることになったのだった。

 

話を聞くと、ミキオさんはただ自転車で回るだけじゃつまらないと、ワイナリー巡りをしながらの旅を実践していた。キャンプ装備も積んでいて普段はキャンプが中心だけれど、旅の途中でこうして現地のお宅にお邪魔することも多々あるのだとか。

 

そう、もちろんWWOOFはひとつの手段に過ぎなくて、これを使う必要はないのだ。彼のように自分の足で進み、ローカルに切り込んでいける人はもちろん、きっとその方がアドベンチャラスで刺激的な経験ができると思う。

 

ただしWWOOFは、「そういう経験に憧れはあるけど、実際そんな体力もスキルもない」私みたいな人間でも気軽に飛び込んでしまえる手段のひとつだというのは事実。そして、世の中にはそういう人のほうが実は多いんじゃないかな、と思っている。

 

気持ちさえあれば、旅の達人じゃなくても、自転車で大移動できなくても、ひとり野宿ができなくても、「誰にでもできる」。そんな方法があることを、個人的には過去の自分と同じように悶々と悩んでいる人たちに知ってほしいと思う。

 

とはいえ、そういうサバイバル能力の高い旅の達人にはやはり憧れてしまう。でも、今回ミキオさんに偶然会ったみたいに、WWOOFをしていて、そういう旅の達人と巡り会い、互いの経験を語り合うのも面白い。全員が全員、偉業を成し遂げるヒーローになる必要なんてないのだ。

 

何かを成し遂げようとして「無理だ」「今じゃない」と足を踏みとどめて機を逃してしまうくらいなら、自分がやりたいことを、自分にできる手軽な方法で、まずはパッとやってみたらいい。

 

 

旅をしていると、ホストや、他のWWOOFerをはじめ多くの人に出会う日々がつづく。

 

色々な方面から来たそれぞれの人生が、そこで交差して、また別々の方向へ分岐していくのを脳内で想像しながら、楽しく思う。