8.Adelaide

丘の上、セルフビルドの家で暮らすということ

青空と赤土の大地に別れを告げ、電車で24時間ゆられながらサウス・オーストラリアのアデレードへ。

 

しばらくすると、車窓からの景色に緑が増えてゆく。サウス・オーストラリア州は、この大陸の中でも一番乾燥した州だと言われているが、セントラル・オーストラリアから来た自分にとっては、景色の中に豊かな緑が広がっているというだけで「ああ、潤っている!」と感じる。

 

ガタンゴトン。ひさしぶりに緑が広がっている様子を見た。
ガタンゴトン。ひさしぶりに緑が広がっている様子を見た。

 

初めの3日間はバックパッカーズに泊まり、ぶらぶらと歩き回ってアデレードの市内を観光。アデレード大学を中心に、美術館や博物館が連なる美しい都市だ。昔ここへ留学していた友達から聞いたおすすめスポットの川辺で、芝生に座りながらのんびり。

 

実は、ここアデレードは姫路の姉妹都市。そのゆかりで市内の一角には本格的な日本庭園があった。まさか、オーストラリアで枯山水の石庭を見ることになるとは。現地の人も写真をとったり、瞑想していたり、さびれることなく人が訪れる空間であることが何より嬉しい。

 

 

さて、最後のWWOOF先は、アデレードから50キロメートルほど南、ワイナリーで有名なマクラレンベール近郊の、ウィランガという街。せっかく訪れるならアデレードも、都市を通過するだけじゃなく周辺の暮らしが見てみたいと、アリススプリングスにステイしながらホストを探していたところ、運よく1週間だけのステイをOKしてもらえたのだ。

 

本当は電車で近くの駅まで行くことになっていたのだけれど、前日に連絡が来て、アデレード市内まで行く用事ができたとのこと。結局バックパッカーズまで迎えに来てくれた。

 

市内を抜け、徐々に郊外へと進んでゆく。一面、緑鮮やかに丘が続いていて、ひたすらに美しい。セントラル・オーストラリアのダイナミックさも感動的だったけれど、この地の景色にはなだらかな起伏と潤いがあり、心穏やかにさせられる。暮らすなら、私にはこういうところがいいのかもしれないな。

 

ホストマザーのジルは、私の親と同世代だけれど、背が高くてシュッとしていて、田舎で暮らしているのにちょっとスタイリッシュな印象。そして、笑顔がキュート。もともとはニューヨーク出身だと聞いて、勝手にちょっと納得する。

 

背が高くてスタイリッシュな印象があるのはオーストラリア人である夫、レックスも同じ。ふたりとも、外仕事用の作業着に身を包んでいても、顔立ちや佇まいが、なんだかお洒落なのである。ふたりが並んでいる風景を見ていると、若い時の美男美女の雰囲気をそのまま保ちながら、素敵に年を重ねてきたような感じ。ちょっとどきどきしてしまう。

 

 

そして、素敵なのはふたりの雰囲気だけではない。彼らが自分たちの手で、丘を見下ろす位置に建てたストローベールの家、家の周りにデザインしたガーデン、家から見下ろす丘に植えた木々たち、丘の下にはゆららと水面の揺れるダム。ぽこぽこと毎日たくさんの卵を産み落としてくれる鶏たち。そんな絵本に出てきそうな「丘の上の暮らし」の風景が、ここにはある。

 

 

ちなみにストローベールというのは、ワラなどを圧縮して固め、ブロック状にしたもののこと。それを積み上げてつくる家は、断熱効果に優れて冷暖房へのエネルギーを減らし、木材使用も少なくてすむし、化学物質の使用もないことなどからエコロジー・ハウスとして知られているそうだ。

 

キッチンの薪ストーブは、部屋の暖房になりながら、横のスペースがオーブンに、さらにその上はコンロとして、料理にも使えるようになっている。

 

料理の得意なジルは、ピザやスコーンを粉からパパッと作ってくれたりもした。ワインの名産地の近くというだけあって、地下室には「レストランか!」と思うほど、壁一面のワインラックにワインがずらりと並んでいて圧倒された。そんなワインを、ローカル・マーケットで買ったチーズと一緒に食べながらディナーを待つ。彼らにとってのそんな日常が、私から見るととてもとても豊かで、感動してしまう。

 

 

そして、素敵な夫婦には、必ず素敵な友人たちがいる。ジルとレックスも週に1度、別の3組の夫婦と一緒にガーデニング・グループをやっていた。ローテーションで毎週どこかの家を皆が訪問しては、その家のガーデニングを手伝うのだ。

 

私がステイした週は、皆がジル&レックスの家を手伝いにくる番。皆で数百本という木の苗を植えるプロジェクトを行った。比較的土が乾いているところと、ダムに近く湿地のような場所と、育ちやすい土壌のタイプ別に木の苗を分類して、土を掘り起こし、専用の道具を使って木の苗を埋めていく。ビジネスのためでもなんでもなく、何年後、何十年後の理想景色を思い描いて、そのためだけに数百本におよぶ木々を植える熱意って、すごい。

 

ランチタイムは皆でテーブルを囲んで手作りの食事を楽しむ。テンポ良くぽんぽんと会話が進み、本当に笑いが絶えない空間。表情がいきいきしているかそうじゃないかというのは、決して年齢ではないんだなぁと、この遊牧生活を通して改めて感じるようになった。デザートには、ゲストの方が手作りのケーキを持ってきたりする。

 

ガーデニング・グループ以外の友人で印象的だったのは、元英語の先生だったという女性、ロビン。日本人の留学生を長期間ステイさせていたという経験もあるらしく、お茶に来たときには私に興味を持って話してくれた。

 

ロビンはウィランガにオリーブ・ファームを持っていて、手作りでオリーブのボディ・ローションや石けんなどを作って販売している。ある日彼女の家を訪れると、よくお菓子作りで使う電動泡立て器で大きな鍋の中をかき回していて、それが料理ではなくボディ・ローション作りの過程だと聞きびっくりした。ただ無添加というだけでなく、本当にロビンの手でイチから作っている。応援したくなって、次の日のマーケットでお土産にそのボディ・ローションを買った。

 

そう、ウィランガでは土曜日に街で小さなマーケットが開かれる。地元で採れたオーガニックの野菜や果物を中心に、手作りパンやチーズやアーモンド、その他雑貨など、地元の生産者が一堂に会する日。

 

 

 

ジルによると、数ヵ月前から地元のファームで働き、このマーケットにも立つ日本人の若者がいるという。都市部ではたくさん見かけるアジア人も、田舎の方には少ない。ジルの紹介で顔を合わせて、お互いに驚き。

 

聞けば、日本から奥さんと、生まれたばかりのお子さんとともに移り住んで8ヵ月ほどだという。「マーケットが終わったら家においでよ」と誘ってもらうも、時間がない。ああ、今日が出発日でなければ…!と予約したフライトをもどかしく思う。

 

そんなマーケットでは、ジルが顔なじみのお店のスタッフと世間話しながら買い物をしていると、当然のようにガーデニング・グループの友達にも出くわして、また長話になって。

 

「買い物が進まないから、じゃあ後で、カフェでまたね!」といったん別れて、買い物が終わってからゆっくりお茶をして。

 

 

そんな彼らの土曜日にどっぷり浸かって、まだまだ浸かっていたいけれど、出発のときが来てしまう。